観光都市函館
かつてはイタリアのナポリ、中国の香港と並び”世界三大夜景”と称された函館山からの夜景。
世界のランキングに入ってしまうほど注目されているという事ではないでしょうか。
函館は夜景のみならず、幕末期の激動の時代に建てられた和洋折衷な建物が並び、独特な雰囲気を醸し出しているのも魅力の一つ。
現在では函館駅周辺や五稜郭周辺、温泉で有名な湯の川周辺にホテルが立ち並び、多くの観光客が訪ずれる町として知られています。
夜に街に繰り出し、お酒を飲んで楽しみたいなら五稜郭周辺エリア、温泉に入ってゆっくり過ごすなら湯の川エリア、どちらも楽しみたいなら函館駅周辺エリアがオススメです。
※函館駅周辺のホテルでも温泉施設のないホテルもありますので要確認
函館は我々北海道民も旅行に出かける北海道随一の観光スポットです。
幕末期、世界に開かれた函館港

幕末期の1853年、アメリカの東インド艦隊司令長官『ペリー』が浦賀に来航したというのは小学校の時、社会科の授業で勉強したという方も多いのではないでしょうか。
翌年(1854年)には日本とアメリカとの間で日米和親条約が結ばれ、函館港が下田港とともに開港しました。
5年後の1859年には長崎、横浜とともに世界との貿易が始まり、ここ箱館(函館)にも世界のあらゆる文化が入ってきたことにより、西洋の建築様式による建物が建てられ、その頃の面影は現在でも残されており、独特な街並みは唯一無二な雰囲気を纏っています。
戊辰戦争の最後の舞台『箱館』

揺れ動く激動の幕末期に新政府を樹立した明治天皇側(薩摩藩、長州藩、土佐藩らを中核とした新政府軍)と旧幕府軍、奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)、蝦夷共和国が戦った日本最大の内戦、戊辰戦争。その最後の戦闘が箱館戦争です。
1864年、箱館の防備強化を図るため、新政府軍は箱館奉行所を日本初の洋式築造城郭である『五稜郭』に移転しましたが、旧幕府軍に占領され、旧幕府軍の本拠となりました。
現在では五稜郭内に復元された箱館奉行所や市立函館博物館などに幕末期の貴重な資料や収蔵品が今でも残されており、幕末期から明治初頭にかけての激動の時代を今でも感じることができます。

函館の見どころ
五稜郭タワー

幕末期、新政府軍が防備強化を図るために箱館奉行所を移転した星型の遺構『五稜郭』。
その脇に高さ98mの五稜郭タワーがあります。
エレベーターで登ることができる展望台からは五稜郭の星型が見えるとともに、函館の街並みや函館山、津軽海峡などを一望することができます。
五稜郭公園


五稜郭タワーから見える星型の堀の内側が現在では五稜郭公園として市民の憩いの場になっています。春になると約1,600本もの桜が咲き乱れるお花見の名所としても親しまれています。
五稜郭の星型の堀を貸しボートで一周することができるので普段とは違った角度から桜を楽しむのも良いかもしれません。
ピンクに染まる五稜郭は一年の中でも数日しか見ることができないレアな景色です。
金森赤レンガ倉庫


金森倉庫一帯は重要伝統的建造物郡保存地区に指定され、街並みは北海道遺産に選定されており、現在ではショッピングモールやビアホール、レストランなどが営業しています。
クリスマスの時期には『はこだてクリスマスファンタジー』が開催され、期間中はライトアップされたクリスマスツリーが金森赤レンガ倉庫前の海に浮かびます。
旧函館区公会堂

旧函館区公会堂は明治43年(1910年)に建てられた洋風建築の代表的建物です。
明治期の当時の面影が残されており、気品漂う家具や調度品が展示されているほか、明治期を思い起こす”ハイカラ”なドレスで写真撮影をすることもできます。

元々は明治40年(1907年)8月に函館大火(現元町エリア周辺で起きた大規模な火災)により、町会所や商業会議所が焼失してしまったため、住民の集会所、商業会議所の事務所として竣工され、今でもその姿を現代に残しています。
※2021年春に大規模改修済み
函館ひかりの屋台大門横丁

JR函館駅より徒歩5分。赤提灯が灯る入り口の奥にはたくさんのお店が並んでいます。
現在でも二十数店舗が軒を連ね、居酒屋のほか、ラーメン店や鉄板焼き店、ジンギスカン店などが営業しています。
函館駅前周辺に宿泊の際は風情のある屋台で一杯いかがでしょうか。
※扉がついているので冬でも暖かく食事ができます
見どころまとめ
今回当サイトで紹介したのは函館のほんの一部でまだまだ見どころがたくさんある街です。
海鮮やジンギスカン、ビール、ワインなどグルメに関しても充実した町で、お店に困ることもあまりないかと思います。
見どころやグルメなどの多さから数日にわたり旅行することをお勧めします。