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乙部町

北海道の中でも歴史が深い!?数々の伝説が残る農林業と漁業が盛んな街【乙部町(おとべちょう)】

乙部町

北海道の中でも歴史の深い乙部町

皆さんがご存知のとおり、北海道には元々アイヌの人々が住んでおり、和人の入植が本格的に始まったのは明治期ですが、それよりも遥か昔の13世紀頃、北海道の南部に和人が海を渡ってきました。道南に位置する乙部町へは1441年から1443年頃に和人の移住が始まったと言われています。その後、この地域ではニシンが獲れたことから移住者が増え、およそ340年後の1780年代には天明、天保の飢餓により南部、青森、秋田方面からさらに移住者がやってきました。
北海道の命名から150年余りですが、蝦夷の時代にも様々な歴史が刻まれた地にはたくさんの歴史の跡が残っています。

今でも語り継がれる乙部町に残る伝説の数々

義経伝説

乙部岳
姫川

北海道内には源義経が上陸したと伝えられている場所が100ヶ所以上存在していますが、ここ乙部町にもその伝説が語り継がれています。
『その昔、九郎半官義経が兄頼朝の追討を逃れ、乙部に蝦夷地で最初の足跡を残しました。乙部には地名としてその逸話が刻まれています。乙部岳は義経の別名九郎半官から九郎岳、静御前を思いつつも越えなければならなかった峠は姫待峠と呼ばれています。また義経を追って乙部にたどり着いた静御前ですが、義経はすでに乙部岳を越え、2人は会うことが出来ませんでした。悲嘆にくれた静御前は、川に移った自分の姿を見て、もうこの世に生きながらえる望みも力も失ったと、その川に身を投げてしまいました。そしてこの川を姫川と呼ぶようになったのです。』※乙部町HPより
実際に地名として残っている事からもしかすると乙部町が本当に上陸した地なのかもしれませんね。

縁桂の伝説

緑桂の木

樹齢500年と言われる巨大樹は隣り合う2本の木が絡み合い荘厳かつ堂々と天に向かって伸びている事から”縁桂”と呼ばれ、昔から縁結びの神が宿る”縁結びの木”と言われています。
現在でも堂々たる姿で立っている縁桂には以下のような伝説が残されています。
『明治の末期、荒川万太郎という豪傑な漁師がいました。あるとき親方の船を造ることになり、巨大なカツラの木を切り倒すことになったのですが、何度も斧に力を込めて切ろうとしても力が入らず、誰もその木を切ることが出来ません。そこで万太郎が呼び出されたのですが、万太郎までもがこのカツラの木の前では力が抜けてしまい、結局切り倒すことが出来なかったのです。このことから人々は、「万太郎さえ斧を入れられなかったのだから、神の宿る木に違いない。」と巨木を大切に奉ったといいます。』※乙部町HPより
この事から、昔から不思議な力の宿る木として人々に信仰されていたのでしょう。
最近縁が無いなという方は良縁を求めて乙部町の縁桂を訪れてみてはいかがでしょうか。

八助物語

鮪の岬

古代エジプトで発見された文献からも「最近の若いものは〜」という言葉が発見されたと言われていますが、乙部町には若者を想う優しいおじいさんの話が今でも語り継がれています。
『鮪の岬の北側の漁村が蚊柱村(かばしらむら)と呼ばれていた頃、村に八助(はちすけ)という物知りじいさんが住んでいました。じいさんは若い漁師たちが漁に出ると必ず岬でちょうちんを持ち、灯台の役目をしていました。ある吹雪の夜、漁に出た漁師たちのために、いつものようにじいさんは岬に出かけました。翌朝、漁を無事に終えて戻ってきた漁師たちが鮪の岬でちょうちんを握り締めたまま寒さで死んでいるじいさんを発見。じいさんの優しさを忘れないよう、今も語り継がれている伝説です。』※乙部町HPより
人を想う気持ちは今も昔も変わらず心に刺さりますね。
この先もずっと語り継がれて欲しい優しい伝説です。

館の岬の悲恋物語

館の岬

今日の日本において恋愛は自由になっていますが昔は身分や職業などによって結婚相手が決められたなんて事も珍しくなかったそうで、そんな時代に起きた悲しいお話が乙部町には残されています。
『江戸の末期ごろ、館の岬の近くに与作と呼ばれる漁師が住んでいました。与作は親方のもとに奉公する、お岩という美しくて心やさしい女性と知り合い、恋が芽生えました。しかし親方の息子がお岩との結婚を望み、与作につらくあたるようになり、お岩も心を痛めるようになったのです。とうとう2人はこの世でかなわぬ恋だと、冥土で結ばれることを願って館の岬から身を投げてしまいました。館の岬に立つ悲恋塚は2人の悲しい恋をしのぶために建てられたのです。』※乙部町HPより
北海道の南部以外はまだまだ歴史が浅いですが、乙部町のように深い歴史がある地域では色々な伝説が残されています。
本の中の物語のような伝説に触れられるのも乙部町の魅力ですね!

乙部町への移住を支援する移住体験住宅

乙部町には気軽に移住体験ができる施設『移住体験住宅』があります。
「北国に移住してみたいけどいきなり住むのは不安」という方や、「乙部町って良さそうな町だけど実際に住んでみないとわからない」という方が体験を経て安心して乙部町に移住できるようにするための施設です。
また、乙部町では『人に優しいまちづくり』を進めており、段差がなく、車椅子の方でも体験ができるよう”バリアフリー”になっているのが特徴です。
北海道に住んでみたい!という方や乙部町での暮らしはどんな感じなんだろうとお考えの方はぜひ一度バリアフリー移住体験住宅で乙部町の暮らしを体験してみてはいかがでしょうか?

これぞ自然の恵!水が湧き出る乙部町

町内には自然湧水が汲める『生命の泉』が5ヶ所整備されています。
それぞれ成分が異なり、味も異なるため飲み比べをしてみるのも面白いかもしれません。
生命の泉はといの水、八幡さんの水、能登の水、こもないの水、ひめかわの水と名前が付けられており、どの水もそのまま飲んでももちろん美味しいですが、お茶やコーヒーを淹れると水道水との違いがよりわかりやすいです。
さらに、湧いている水でお米を炊くとお米の粒が立ち、美味しく炊きあがりますよ。
乙部町に行く時は空のペットボトルや給水タンクを持っていくことをオススメします。

といの水
八幡さんの水
能登の水
こもないの水
ひめかわの水

乙部町の見どころ

シラフラ(滝瀬海岸)

白い断崖が海岸線に続く滝瀬海岸。
間近に迫力のある断崖を見ることができ、地球の神秘を感じられる場所です。
何万年、何千年もの歳月をかけて形成された断崖には地層が現れており、スケールの大きさに圧倒されます。
この白い断崖はシラフラと呼ばれ、アイヌ語で白い傾斜地という意味なのだとか。
もしかするとアイヌの方々にも親しまれていたのかもしれませんね。

くぐり岩

シラフラから約600mのところに海に突き出た岩があり、人が通れるほど大きな穴が開いています。この穴は『くぐり岩』と呼ばれ、約400年前に人の手によって掘削されました。
乙部町がかつてニシン漁で栄えた頃、獲れたニシンを運ぶために開けられたと言われています。
現在ではフォトスポットになっており、フォトジェニックな写真が撮れる乙部町でも有数のフォトスポットとなっています。

館の岬(たてのさき)

白亜の断崖が東洋のグランドキャニオンとも呼ばれており、見るものを圧倒します。
前途に記述しました館の岬悲恋物語の舞台にもなっている断崖で物語に思いを馳せるとまた見え方も変わってくるかもしれません。

道の駅ルート229元和台(げんなだい)

その名の通り国道229号線沿いに位置しており、建物の奥には展望台があります。
天気が良ければ日本海に浮かぶ奥尻島を望むことができるほか、断崖の続く海岸線を眺めることができます。
売店では乙部町の特産品を販売しており、トイレの入り口にはオムツやミルクの自動販売機が設置されているので小さなお子様とドライブに出かけても安心して立ち寄れる道の駅です。

元和台海浜公園

元和台海浜公園には大規模な緑地広場や遊具施設などのほか、安全性を備えた海のプールがあります。
環境省の快水浴場百選に北海道内で唯一選ばれており、施設自体が防波堤となって大きい波をガードすることで波が穏やかになり安心して遊べるようになっています。
さらに、設置されたトイレや更衣室がバリアフリーになってほか、海までスロープを設置し水陸両様車も用意されています。
人に優しいまちづくりを推進している乙部町ならではの施設ですね。

アクセスaccess

札幌より車で移動
札幌〜道央自動車道八雲インターまでの有料道路利用で約4時間〜4時間30分

函館より車で移動
函館市内中心部より約1時間30分
※車での移動は交通状況などにより到着時間が異なります

バスでの移動
函館駅前→江差ターミナル(約150分)
江差ターミナル→乙部市街(約40分)
詳しくは函館バスホームページをご覧ください
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乙部町の特産品items

  • 春採りあかもく

  • 乙部町の美味しいしおとんこつラーメン

  • 豆ごはんの素【乙部町産黒千石大豆使用】

  • マダムのすづけ

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